Private Ocean


太平洋岸の街で生まれ育った私にとって、海はいつでもそこにあるのが
当たり前の、とても身近な存在でした。

幼稚園や小学校のときにも何かと浜辺での行事があったり、
毎年元旦の日には家族で海まで日の出を見に行ったりしていたし、
高校を卒業して海のない街へ引っ越してからも、故郷に戻ればまずは
愛犬を連れて海を見に行ったり、父とドライブに行ってお互い海沿いに
寝転がってそれぞれの時間を過ごしたり、幼なじみとボディ・ボードを
楽しんだり・・・

それぞれが特に際立った思い出というわけではないのに、
私の中には海を背景とした記憶がたくさん。
それほどに、生活の中に自然に海という存在があったのだなぁと
今頃になってしみじみと思います。

思春期の頃などは、海を見ていると、世界はここだけではなくて、
あの水平線の向こうにもずーっと広がっているんだ!というような
希望や開放感の溢れる気持ちになれる、私にとっては未知の世界への
扉のような、窓のような、何か象徴のようなものでもありました。

 故郷の海。元旦の夜明け。


日本は小さな島国なので、例え海のない街に住んでいたとしても
車や電車で数時間行くだけで、すぐに海岸線に出られるという
素晴らしく恵まれた環境なのだということにハッと気づいたのは、
ボストンからニューメキシコへと、広大なアメリカ大陸を初めて車で
引っ越していた時でした。

内陸の州では、あっちを見てもこっちを見てもただひたすらに続く
茶色い地平線。

海に辿り着くには一体あと何日車を走らせなければならないのだろう?
そう考えたとき、私は何だか途方もないような気持ちになって、
まるで自分がこの広大な大地の真ん中に閉じ込められたかのように思い
息苦しさを感じたことを覚えています。

そして海のないニューメキシコでの最初の夏。
私は生まれて初めて、海への渇望のようなものを味わいました。
それはもうどうしようもない感覚で、居ても立ってもいられず、
とりあえず一番近い海へ!と、そんな理由だけでカリフォルニアまで
行ったのです。

そこではショッピングも観光もほとんど何もせず、一日中ビーチに
寝転がってずぅっと海を眺めて過ごしたのですが、それはこの上なく
贅沢な時間で、私たちは海の癒しを存分に味わってから、また砂漠の
真ん中へと帰っていったのでした。

Santa Monica, CA


それから2年ニューメキシコで暮らして、ずいぶんと海のない環境にも
慣れたのですが、今回ボストンに戻って来てまず最初の週末に向かった
のは、やっぱり海でした。

ボストンから海岸線を北に上がったノース・ショアと呼ばれる地域には
海沿いにニューイングランドらしい小さな古い街がこぢんまりと並んでいます。

海岸に近づくにつれ増してくるのはなつかしい磯の香り。

そうして目の前に現れた海は、私の故郷やカリフォルニアの海のように
水平線が広がる開放感のある海とはまた違って、人の気配がそこかしこ
に感じられるような、文学的な匂いのする静かな海です。

海沿いのレストラン。向こうにはボストンの街が見える。


そのノース・ショアの街のひとつに、マーブルヘッドという可愛らしい
街があるのですが、私の友人がそこに住んでいて、先日の独立記念日の
日に、彼女が自宅に招いてくれました。

彼女のアパートはまるでセカンドハウスのようで、バルコニーに出ると
そこはもう海!という素晴らしいロケーション。

普段は仕事をバリバリしている彼女ですが、週末になると自宅で愛猫と
一緒にバルコニーでお昼寝をしたり、絵を描いたり、夏にはすぐ下の
海でカヤックを楽しんだりと、話を聞いていると、彼女がそこでの
暮らしを本当に愛しているのが伝わってきます。

海沿いのベッドルームで毎晩波の音とともに
眠りにつくなんて、羨ましい限り。

私がその友人と出会ったのは、アメリカに引っ越して来たその日、
サンフランシスコからボストンへの飛行機の中でした。

私は猫を連れてのフライトだったので、迷惑をかけないようにと
隣の席に座ってきた彼女に猫がいることを伝えると、彼女も猫を飼って
いるということで、とっても気さくに対応してくれて、とてもホッと
したのを覚えています。

話をしてみると、同い年だったり、写真や猫が好きだったり、そして
彼女もそのときちょうど人生の転機を迎えていたりと共通点も多くて、
連絡先を交換したのでした。
彼女は私のアメリカでの最初の友達なのです。

 Marblehead Harbor
いつもは静かな湾も、この日ばかりは賑やかに
音楽や爆竹の音があちこちで。

ニューメキシコに引っ越してから2年以上会っていなかったのですが、
こうしてまた再会できて、あの日飛行機で出会った時のことを懐かしむ
ことができて、本当に嬉しく思いました。

そして彼女が愛してやまないマーブルヘッドの海をまたこうして
見ることが出来たことも。


ボストンやLA、NYに住む彼女の友人たちは、どうして彼女がその
小さな街にこだわって住んでいるのか不思議がるのだそうですが、
彼女は決まってこう答えるのです。

"I love this ocean."




海を近くに感じて生きて来た人は、皆それぞれの心の中に、
自分だけの海を持っているのかもしれません。

次々に打ち上げられる花火と、それに合わせて七色に変化していく
水面を見ながら、私は密かに故郷の海を想い、そしてなぜだか
その水平線に、ニューメキシコの果てしない地平線を重ね合わせて
思い出してもいたのでした。

 

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