Elysium on Earth - Aphrodisias

Tetrapylon in Aphrodisias

いよいよ今回はトルコ旅行記の最終回です。

前回の記事で書いた古代ローマの温泉保養地、パムッカレを発って一時間半ほど。
途中で国道を外れ、舗装もされていない土埃の道をガタガタと走っていったその先に、この旅で最後の目的地であるアフロディシアスがありました。

アフロディシアスは、エフェソスと同じくギリシャ・ローマ時代の古代都市遺跡です。

アフロディシアス・・・アフロディシアス。

なにか良い香りでも漂ってきそうなその響き。
私はそこの存在を知った時から、なぜだかその名前の響きに惹かれて仕方がありませんでした。

その名でピンとくる方もいると思うのですが、ここアフロディシアスは古代において、ギリシャの愛と美の女神、アフロディーテ信仰の中心地となっていた場所なのです。

「ようこそ、愛と美の都へ。」

エフェソスがアルテミスならば、こちらはアフロディーテ。

ギリシャ神話や占星術が好きな私にとっては、そんな女神を中心とした都市が本当にあるなんて・・・と、子供の頃から親しんできた神話やおとぎ話がまるで現実になったかのように感じ、胸が高鳴りました。

これは何としてでも行かなければ・・・!

アフロディシアスは少し僻地にあってアクセスが難しいため、観光地としてはエフェソスなどと比べるとだいぶマイナーなのですが、そこをパートナーにお願いして、ガタガタした田舎道をひたすらに運転してもらい、なんとか辿り着くことができました。

道中は、本当にこの田舎道の先に観光スポットがあるんだろうかと、少し不安に思ったりもしたのですが・・・。

草むす遺跡。向こうに見えるのは公共浴場跡。

・・・ところがいざ到着してみると、その規模や保存状態、そして穏やかでピースフルな雰囲気を目の当たりにして、まるで昔話にあるように、山深い僻地を延々と旅した後に桃源郷にでも辿り着いたかのような気分になりました。

こんな奥地に、こんな遺跡が・・・!!

ある意味、エフェソスよりも感動的だったかもしれません。

しかも、その立地からかエフェソスと比べても観光客はびっくりするほど少なく、場所によってはまるで貸し切りのような状態だったため、観光地や遺跡を見学しているという感じがしなくて、気楽にのんびりと歩き回れるのも素晴らしかったです。

なんと去年になってこのアフロディシアスは世界遺産に登録されたのだそうですが、私たちが訪れたのは2016年だったので、ちょうどその直前だったのですね。

これからは観光客も増えていくと思うので、個人的にはちょうどいい時期に訪れることができたのかもしれないなぁ、と思っています。

エフェソスでも見たような円形劇場。こちらも綺麗に残されています。

アフロディシアスもエフェソスのようにその起源は古く、古代ギリシャ以前から存在していたようで、とある資料では少なくとも紀元前5000年前からこの場所に村のようなものが作られていた形跡があると書かれているのを読んでびっくりしました。

トルコではいちいちその歴史の深さに驚かされましたが、さすが、人類の文明発祥地の近くだけあるなぁと思います。

紀元前、ヒッタイトが栄えていた時期にはこの地域にはカリアという国があり、現在アフロディシアスがある場所は、メソポタミアやアナトリアで信仰されていた女神イシュタルに捧げられた地だったと言います。

イシュタルは愛、豊穣、美、そして戦などを司る女神で、古代オリエントでは広く信仰されていた女神だったのですが、その後古代ギリシャ人がこの地へ入って来ると、イシュタルはギリシャの女神アフロディーテに置き換えられて、この都市もアフロディシアスと名付けられたということです。

こちらはスタジアム。大きすぎてうまく写真に収められませんでした。
ここでは様々な競技が行われたり、グラディエーターによる闘技場としても使われていたそう。

イシュタルがアフロディーテに置き換えられた、と書きましたが、厳密に言うと、元々は同じ女神を地域や民族によって違う名で信仰していただけだったという見方もあります。

現在伝えられているギリシャ神話というものは、元々はもっと古い時代から地中海世界各地で口伝えに伝承されて来たいくつもの物語であったものが、紀元前9〜8世紀ごろに詩人ホメロスやヘシオドスによって伝えられたことがスタンダードとなり、やがて体系的にまとめられたものだそうです。

そのため現在の私たちが知るギリシャ神話の中では、アフロディーテは美や性愛の女神という限定されたものになっているのですが、元々は生、死、愛、時、運命など、もっとスケールの大きなものを司る女神だったのだそう。

エフェソスでアルテミスの前身であったキュベレー神と同じく、元々のアフロディーテもより地母神的な存在であり、ここアフロディシアスにおいては、愛や豊穣だけでなく、芸術、学問、工芸、文化などの守護女神として信仰されていたということです。


遺跡で暮らす猫たちは、なんだか神殿に仕える巫女のよう。

何が言いたいのかというと、つまり、イシュタルもアフロディーテも、実はひとりの同じ女神で、民族によって違う名で信仰していたか、もしくは両者とも同じ女神を別の側面から見た姿だったのかもしれない、ということです。

さらには、キュベレーとイシュタルも同一の女神だったという見方もあり、ということは、アルテミスもアフロディーテも元々は同じ存在だった・・・ということも言えますね。

他にも、イシュタルの戦いを司る面はギリシャ神話の戦いの女神アテナに引き継がれていたり、はたまたシュメールやエジプト、インドなどの女神とも関連があったりして、この辺りのことを調べてみるとけっこう興味深いのです。

元々は大地母神的なひとりの女神がいて、その女神の持つそれぞれの側面が独立し、新たな女神として神格化していっているようで・・・これは、女性のもつ能力の多面性を表しているようにも感じられて、面白いなと思います。

アフロディーテとローマ皇帝に捧げられた神殿。
こちらのレリーフはレプリカだそうですが、美しい・・・

少し話がそれてしまいましたが、もうひとつアフロディシアスで興味深いのが、この辺りでは質の良い大理石がたくさん採れたために、ローマ時代にはこの街に大理石の彫刻の学校があったということです。
そこから多くの彫刻師が生まれ、古代ローマ世界の各地で活躍していたのだそう。

それを物語るように、この遺跡にはたくさんの見事な彫刻やレリーフが残されていて、それらは付属の博物館に展示されています。
ギリシャ神話の神々の石像やレリーフたちは素晴らしく、これらが全部この遺跡のあちこちに設置されていたのかと驚きました。

あぁーどうせなら、博物館になんて収めず、それらが元あった場所に置かれたままの遺跡を見たかったなー・・・などと、私は思ってしまうのですが。
保存や保護を考えると、仕方がないことですね。

ギリシャ文字。読めないけれど、大好きです。

それにしても、エフェソスも素晴らしい遺跡だったのですが、私はこのアフロディシアスもそれと同じか、もしくはそれ以上に気に入ってしまいました。

まず、ほんとうに観光客が少ないので、観光地特有の雑多な感じが全くなくてとても静かなのです。
ふと立ち止まってみると、あたりには小鳥のさえずりや風が木々や草花を凪いでいく音だけ・・・といった感じで、こんな中で遺跡を見られるなんて、なんて贅沢な体験をしているんだろう、と思いました。

遺跡内もいい具合に手入れが行き届きすぎておらず、野の草花があたり一面を覆っていて、例えばスタジアムの大理石と大理石の間からも草が生えて来ていたり、アゴラ(広場)に生い茂る菜の花の黄色が遺跡に映えてフォトジェニックだったりと、とても自然なままに置かれているのがまたいいのです。

訪れたのが4月だったということもあり、澄み渡った青い空に暖かな日差しが気持ち良く、その下には木々や野草の緑が美しく映え、所々にタンポポの綿毛がふわふわと揺れていました。

木々の上から姿を覗かせる古代の柱たち。

そんな中に、遺跡は静かに佇んでいるのです。
まるでその自然と一体となっているかのように。

そして、その横倒しになったまま一体何世紀経っているのだろうかという柱の上や、美しく朽ちたレリーフの陰で猫たちがのんびりと休んでいる光景に・・・

・・・ここは楽園?

思わずそんなことを思ってしまうのです。

ギリシャ神話の中には、エリュシオン(英語でElysium)の野という場所が登場します。
そこは、冥界の審判者の一人ラダマンテュスが治める楽園で、暖かく芳香に満ちた、神々に愛された英雄たちの魂が暮らす場所。

私はこのアフロディシアスを、まるでそのエリュシオンみたいだな・・・と思ったのです。

冒頭にも載せたアフロディーテの聖域へのゲート。
保存状態も良くレリーフの装飾も美しくて、なんだかエリュシオンへの門のようだなぁと思いました。

エフェソスでは知的好奇心が刺激されてワクワクしながら見学していたのですが、アフロディシアスではその雰囲気から、あまり細かいことにはこだわらず、とにかくその全体の空気感を感じるようにゆっくりと過ごしました。

そうしているととても幸せで、あぁ、私は本当にこういう場所が好きなんだなぁと思ったし、もし自分に財力があったらこの街を全て古代にあったままに再現したい・・・などと思ってしまうほど、この遺跡が大好きになってしまいました。

そういえば、ここを訪れたのは4月だったのですが、実は、4月はアフロディーテに捧げられた月なのだということを後になって知りました。

古代ローマの暦で4月はアプリリス(Aprilis)。
アフロディーテ(Aphrodite)の名から取ったこの月の呼び名が、その後英語ではエイプリル(April)となったのだそうです。

つまり私たちは、ちょうどアフロディーテの月にアフロディシアスに行ったのですね。

もしかしたら、アフロディーテに呼ばれたのかな?

そんなことを思ってしまうくらい、4月のアフロディシアスはまるで愛と美の女神に祝福されているかのように、静かで美しい桃源郷のような場所でした。


アフロディーテの恵みで満ちた4月のアフロディシアス。
猫たちも幸せそうでした。

このあと、私たちは車でイズミルへと戻り、そこからイスタンブール経由で当時住んでいたボストンへと戻りました。

アフロディシアスは最後に訪れたこともあり、帰りの飛行機の中でもアフロディシアスの雰囲気をそのまま纏っているような感じがして、なんだか幸せだったのを覚えています。


そんなこんなで、長々と続けてきたトルコ旅行記も、今回で終わりです。
2年以上も前の旅行記にお付き合いくださり、どうもありがとうございました。

トルコは本当に魅力的な国で、訪れる場所によって全く表情が違うのですが、その全てがそれぞれに奥深くてすっかり魅了されてしまいました。

やっぱり旅はいいですね。

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