Dolphins
Dolphin-shaped cloud above Isla Mujeres
前回のブログで書いた、ユカタン半島の旅の途中に立ち寄ったイスラ・ムヘーレスにて、ひとりでダウンタウンの外れの路地をブラブラと歩いていたときのこと。
ふと立ち止まって空を見上げると、目の前にひとかたまりの雲が浮かんでいました。
「あれ?・・・イルカ?」
他にほとんど雲のない真っ青な空に、ただひとつだけプカリと浮かんでいたその雲のかたまりは、じーっと見ているとますますイルカのように見えてきて、なんだか自然と笑みがこぼれました。
「そういえば、前回はこの島でイルカと一緒に泳いだんだったっけ」
何だか少しマンガチックなそのイルカ雲は、「ヤッホー!お帰り〜!」とでも呼びかけながら、海のようなその大空をのびのびと泳いでいるようにも見えて、「ひょっとして、今回は会いに行けないから、こんな形で挨拶をしにきてくれたのかな?」などと勝手なことを思いながら、一人でニンマリとしてしまいました。
私がイルカに興味を持ったのはいつ頃だったでしょう・・・はっきりと覚えていないのですが、強く意識したのは映画「グラン・ブルー」を見て、ジャック・マイヨールの存在を知ってから。
フランス人フリーダイバーのジャック・マイヨールは、人類で初めて素潜りで100mにまで達し、自らを「ホモ・デルフィナス」(イルカ人間)と呼んだ、伝説的な人物です。
彼は子供の頃、日本の佐賀県唐津の海で初めてイルカと出会って以来、人生を通して海とイルカと共に生き、そこから得た叡智を人々に伝え続けました。
1976年に彼が初めて100mという域に達した当時、人間は40mも潜れば水圧によって肺が潰されてしまい、息を止めた状態でいるのも3分間が限界であると考えられていたのにも関わらず、彼はイルカから学んだ潜水方法をヨガの呼吸法や禅を通じて実践することで、あっさりと生理学上の常識を覆してしまいました。しかも、その時彼は49歳という年齢だったのです。
実験によって、深海において彼の脈拍はイルカのように通常の三分の一程になることや、更にはイルカなどの水棲哺乳類に見られるブラッド・シフトという現象(ある程度の深海へ達すると、酸素を長持ちさせるために、体内の血液が心臓や脳などの重要な器官に集まる生理現象)が人間にも起こることを、自らの体をもって証明して見せました。
現在では、ジャックの教え子たちが彼に続いて着々と記録を更新し、人間は最大300mくらいまでは潜ることができるのではないかと考えられているそうです。
ここには書ききれませんが、ジャックとイルカのエピソードはとても興味深いものばかり。
彼の体験から語られるイルカの知性、愛、優しさ、ユーモアなどから、イルカとはなんと魅力的な存在なのだろうと思ったものです。
ジャック曰く、イルカとはコミュニケーションをするのではないそうです。
そこにはただ、ハーモニーがあるだけ。テレパシーのように、それですべてが分かるのだそうです。
彼が野生のイルカと泳ぐ貴重な映像を見てみると、イルカたちは訓練されているわけでもないのに、見事なほどにぴったりと彼に動きを合わせて寄り添い、時々お互いに触れ合ったり、目を合わせるような仕草を見せたり・・・。
その姿はイルカとか人間だとかを超えて、完璧に調和したハーモニーを奏でているようで、とても感動的で見ているうちに自然と喜びが溢れてきます。
ジャック・マイヨールとイルカについて色々と知っていくうちに、私もそのイルカの持つ不思議な魅力に惹かれていき、いつかイルカと触れ合ってみたいなぁ・・・とずっと思っていました。
そういう訳で、ユカタン半島に行くことになった時、カンクン近辺でイルカと泳げるところがあると知ってさっそく申し込んだのです。
本当ならば野生のイルカと泳いでみたかったのですが、この辺りではそのような場所はないとのことで、海を囲った浅瀬で訓練されたイルカと戯れたり、少し一緒に泳ぐことができるというプログラムに参加したのですが、それでもずっと憧れていたイルカとの触れ合いは、とても感動的で印象深いものでした。
そうして一対一で面と向かって挨拶をしたり、キスをしたり、背中に乗せてもらったり、手ビレに掴まってお腹とお腹をくっつけた状態でビューンと泳いだり・・・何だか夢心地で、1時間半のプログラムはあっという間に終わってしまいました。
イルカは知能が高いことで知られていますが、実際に触れ合ってみると、賢さはもちろんのこと、なんというか、人間と同じとも言える「感性」を持っているような奇妙な感覚になりました。
動物と接しているというより、人間と同じように個としての意識や観念を持つ、とても尊重すべき一存在という感じがしたのです。
特に、目を見るとそれが表れているように思いました。
合間合間にトレーナーからご褒美の魚をもらいつつ、律儀にお仕事をしてくれていたわけですが、それが決して、ただ本能的に餌につられて動いているという風ではなくて、何というか、それですらも全部わかっていて、その上でやってくれているのだな・・・と、そんな感じがしたのです。
それにやっぱり可愛くて、大人も子供も、参加者がみんな無邪気な笑顔になっているのがとても印象的でした。
その後ボストンに戻ってからもイルカ熱が冷めやらなかった私は、コネチカットの水族館まで、こちらもずっと会ってみたかった、ベルーガ・ホェール(シロイルカ)に会いに行きました。
ベルーガは、北極圏に生息する、氷のように真っ白な大型のイルカで、体のシルエットなどもカンクンで会ったイルカたちとは異なっていて、例えばメロンと呼ばれる脂肪組織を頭部に持っているため頭が丸かったり、冷たい北極圏の海に適応するために、身体中は厚い脂肪層で覆われていてプヨプヨしています。
首を上下左右自由に動かすことができたり、唇も柔らかいためにとても表情が豊かで、その仕草などがあまりにも愛らしいので、私は以前からインターネットで彼らの動画を見ては、あぁー本物に会ってみたい!と思っていたのでした。
実際に見てみると、やはり想像以上に大きく本当に真っ白で、なんて不思議な生き物!
その白い大きな体で、ゆーっくりと泳ぐその姿は、なんだかまるで愛嬌のあるオバケみたい 笑
あまりにも可愛いので、今でも写真を見ただけで顔がほころんでしまいます。
水族館にいる三頭のうち一頭の若いベルーガは人間の子供がとても好きらしく、水槽越しにいつも子供の側に寄っていきます。そしてたまにクワッと大きな口を開けて子供たちを脅かしたりして、なにか遊んで楽しんでいるようなのです。
以前動画で見たときには、この同じベルーガが、実際に水槽の前で演奏されるマリアッチ・バンドの音楽に興味津々で、そのリズムに合わせて首をクンクンと振っていたり・・・。
そういうところを見ていても、賢いというだけではない、やはり何かちゃんとした自意識を持った生き物のように感じました。
イルカの知能が高いということは、世界中の研究者たちによって証明されています。
例えば鏡に映った自分を認識したり、記号を理解したり、道具を使ったり、また個体を認識する、名前に相当するような音声で呼び合ったりと、確かに知能の高さを感じさせる実験結果がいくつもあります。
けれども、イルカの「知性」が脳の発達という意味だけではないことは、ジャック・マイヨールの言葉からも伝わってきます。
海で人間やクジラを救助した例や、妊娠している女性がわかったり、長年会っていなかった人を見て瞬時に思い出し、親愛の情を見せたりと、知能の高さだけでは片付けられない、少し不思議な「心」を感じさせるエピソードもたくさんあるのです。
2年ほど前、インド政府は、様々な研究結果からみて、イルカは他の動物たちと比べて大変知能が高く繊細な感情を持った生き物であり、"Non-human persons"(人類ではない人)として見なすことができ、それ相応の権利を持ってしかるべきとして、インド国内の水族館やショーなどでイルカを利用することを禁止したとして、話題になりました。
その他には、ハンガリー、コスタリカ、チリなども、商業目的でのイルカの捕獲や輸入をすでに廃止しています。
プログラムや水族館でイルカに触れ合えたことは、とても楽しかったし貴重な経験でしたが、同時に、やはり何か切なく、複雑な気持ちになったことも確かです。
イルカと一対一で向き合った時、彼らの目を見た時に感じたあの感覚・・・。
もし彼らが本当に、私たちとはコミュニケーション方法や「生きる」ということに対する観念が違うだけで、実は人間と同じくらいかそれ以上の知能や自己意識を持った存在だったとしたら?
彼らの世界である海から切り離し、家族や仲間からも引き離して、一方的に自由を奪い、人間の利益の為だけに利用していることを考えると、胸が痛むどころの話ではありません。
こういったことはイルカだけに限ったことではないのですが、色々と知っていくと、もう無邪気に楽しむだけではいられないものがあります。
けれども、デリケートな問題ではありますが、こういうことこそ難しく考えすぎず、自分の心が純粋に反応したことに、素直に従っていけばいいのではないかな、と私は思っています。
猫を飼えばその尊さがわかり、ペットの扱いや殺処分の問題に自然と関心が高まります。
自分で食べる野菜を育てれば、農薬や土壌汚染の問題に気がつきます。
同じように、イルカと触れ合って興味を持てば、もっと知りたいとか守ろうとかいう気持ちが高まり、捕獲や海の汚染の問題にまで関心を持つようになったりもするでしょう。
どんなに大きな活動も、はじめにその動力となるのは、単純に「可愛い」「美しい」「尊い」「可哀想」「守りたい」といった自然な気持ちなのではないでしょうか。
地球上のすべての生き物が、いつか美しいハーモニーを奏でられるようになるといいな、と心からそう思います。
イルカは高度な“知性”を持ちながら、自然と完全に調和して生きている。
その生き方から学ぶことによって、私達も自然と調和する道を知ることができる。
—ジャック・マイヨール
次回はまたユカタン半島の旅のお話に戻ります・・・!