Zodiac


秋分を迎え、ニューメキシコにも秋の気配が漂ってきました。
空は高く澄んできて、朝晩は肌寒く、空気がすぅっと気持ちのいい
秋の到来です。


数年前からほとんど毎朝、目覚めてすぐに音楽をかけることが
習慣になっています。
いつも起きて頭がボーッとしている中で、感覚的に音楽を選ぶのです
が、この間、めずらしくとあるクラシックのCDに目が止まりました。

ほんとうにボーっとしたまま、しばらく心地よくその音楽に包まれて
いたのですが、その内、馴染みのある懐かしいメロディが流れてきて
あれ?と思いました。
この曲は、たしか・・・


遠き山に日は落ちて 星は空をちりばめぬ

きょうのわざをなし終えて 心軽く安らえば

風は涼しこの夕べ いざや楽しきまどいせん



「遠き山に日は落ちて」。
すっかり、日本の歌だとばかり思っていました。

ターコイズブルーが印象的なジャケットに星座盤が描かれたそのCDは
チェコの作曲家ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。
もう何年も前に、とある印象的な出会いから頂いたものです。

その時にもこれを聴いて同じことを思っていたような気もするの
ですが、すっかり忘れて、久々に聴くたびにいつも同じことに驚いて
いるように思います。。。

それにしてもこの曲を聴いていると、歌詞がないのにも関わらず
故郷がなつかしくなったり、美しくせつない日本の夕焼けが
思い出されたりと、ノスタルジーが沸き上がってきて、不思議な
ものだなぁと思っていると、どうやらこの「新世界より」は、
ドヴォルザークがアメリカに渡っている時代に、故郷のボヘミアを
懐かしんで作曲したものなのだそうです。

いつの時代も、どこの国でも、故郷を懐かしむ気持ちの奥底には
同じものが流れているんですね。


さらに興味深いことに、この曲には、ネイティヴ・アメリカンの民謡が
取り入れられているということなのです。

ネイティヴ・アメリカンに縁の深いニューメキシコで暮らしていて
私も彼らの文化の中に、不思議と郷愁を見ることがあるのですが、
きっとドヴォルザークも、故郷から遠く離れて、時代の先端へと
開拓を進めるアメリカの地において、ふとネイティヴ・アメリカンの
人々に触れ、素朴なボヘミアの故郷を思い出していたのでは
ないのかなぁ、などと考えてしまいました。


ところで、このCDには特別な想い出があります。

何年前になるでしょうか、仕事で、チェコの物理学の大学教授と
お会いすることがありました。
まるでヨーロッパの古いお話に出てくるような、たっぷりとした
お腹に赤くツヤツヤと光った頬。
陽気でひょうきんな方で、大好きな先生でしたが、あるとき
ご結婚されることになり、奥様を連れて来日されたことがありました。

奥様の方は、音楽大学の助教授をされていて、ピアニスト。
お年はお幾つくらいだったのかわかりませんが、少女のような純粋さ
と可憐さがあって、なんて可愛らしい方なのだろうと思いました。


教授が日中お仕事をされている間、私はその奥様と行動を共にする
ことになったのですが、本当に、音楽家らしくとても繊細そうな方で
日本に来るのも初めてなので、言葉はもちろん、食べ物やシステム、
習慣など、古い東ヨーロッパとは何もかもが違いすぎて、お疲れじゃ
ないだろうか、どうしたら楽しんでもらえるだろうかと、色々と
考えながら過ごしていました。

実際、あまりの違いとあちこちへの移動にお疲れだったようでしたし
英語もあまり話されなかったので、意思の疎通も大変でした。
事あるごとに心配になって私は「大丈夫ですか。お疲れじゃないです
か」とお声をかけていたのですが、ある時彼女がこう言ったのです。


「私は蟹座なの。だからセンシティヴなのね。」

唐突に星座の話が出てきて驚いたのですが、私も星座が好きなので
共通の話題を得て、そこから話が膨らんでいきました。

「蟹座は感情の星座で、とても母性的で感受性が豊か。
だから音楽をするのにはとてもいいのよ。」

芸術に携わる彼女は、自分が蟹座であることを嬉しく思っている
ようで、そう言って微笑む姿は、ほんとうに少女のようでした。

そして獅子座だという旦那様の教授のことを、
"My Leo"と嬉しそうに呼んでいたことも印象的でした。
獅子座は太陽の星座。たしかに、教授はそんな大らかで明るい
方だったので、繊細な彼女にとってはとても頼もしい存在なの
だろうなと容易に想像がつきました。


そんなふうに2人でしばらく、月の星座は、アセンダントは、、などと
星座の話をしたおかげで、2人の間の緊張感が一気に解け、
そのあとはとてもリラックスして楽しく過ごすことができたのです。

そして彼らがチェコへ帰国する日、最後に彼女が私に手渡してくれた
のが、このドヴォルザークのCDでした。
ジャケットに描かれた美しい星座盤を指差して、彼女が最後にまた
少女のように可愛らしく微笑んでくれたことを、今でも憶えています。

後日、彼らの結婚式の写真が送られてきましたが、それは幸せそうで
繊細な蟹座の彼女と、そこに寄り添う頼もしい彼女の"My Leo"の姿に
私はひとり、にんまりとしてしまいました。


そうそう、「星座盤」="Zodiac"という言葉は、日本語では他に
「獣帯」とも訳されていて、これは、牡羊、牡牛・・・など、
黄道12星座の象徴に生き物が多いからだと思うのですが、他にも
"Zoo"が「動物園」であるように、もしかしたら"zo-"という言葉自体
何か動物的なものを表しているのかな?と思って調べてみたところ
これは"Zoe"というギリシャ語に由来していて、「生命」や
「生きるもの」という意味なのだということを知りました。

女性の名前にたまに見られるゾーイ(Zoe/Zoey)や女優のズーイー・
デシャネル(Zooey Deschanel)の名前もここからとられているよう
なのです。素敵なネーミングだなぁと思います。



さて、思ったよりもはるかに時間がかかってしまいましたが、
"America"から始まって、アルファベットで綴るこのブログも
ついに"Z"まで来ることができました。

今後はアルファベットは関係なしに、ニューメキシコのこと、
日々のこと、訪れた場所や感じたことなどを、引き続き写真とともに
綴っていけたらと思っています。

More Posts