Unforgettable


2011年。
元旦の日、私はメキシコとの国境にほど近い、テキサス州エル・パソの
うっすらと雪の残る山の中にいました。

キーンと冷えた山の空気に、青い空、まぶしい太陽の光。
それが雪や岩の窪みに凍った水たまりに反射してキラキラ光り
どうしようもなく寒いのに心はしんと静まり返って、
心の奥底になにか新しい芽が膨らんでくるような
そんな気持ちで新年を迎えました。


地元であるそのエル・パソに誘ってくれた友人が
「何にもないところだけど」と言うとおり、
周りは山と砂漠が広がり、あの山の向こうはメキシコだよ、という
なんだか果てのような、そして繋がりのようなことを
感じさせられる場所でした。


テキサスはカウボーイの土地。

前に、日本の武士の話をしていて、

「昔の日本人が持っていた、あの潔く強い武士の精神は
 一体どこに行っちゃったのかと思う」

ということを言ったら、アメリカ人が

「それはアメリカ人のカウボーイも一緒だよ。
 僕らにはもう、あんなに勇ましい精神はない」

と言っていたのが印象的でした。


それでも、普段は大都会ヒューストンで現代っ子として暮らす友人も
さすがに生粋のテキサス生まれだけあって、地元に帰れば
カウボーイハットもウェスタンブーツも最高にきまっていて、
馬を乗りこなす姿もカントリーダンスを踊る姿も本当にカッコよく
まるで現代のカウボーイのようでした。


彼のお父さんのお家には犬が4匹、裏庭に鶏が数羽、
そして牧場には馬や牛たちを何頭も所有するという田舎暮らし。

大好きな乗馬を生まれて初めて自由にさせてもらったり
裏庭の鶏から生まれた卵の朝食で始まる一日に
心と身体が徐々に何かから解き放たれてゆくようでした。

かと思うと、お父さんが
「この卵を産んだ鶏は、3日前にあの犬に殺されちゃったんだよ。
 まったく、あのバカ犬め!」
とあっけらかんと言う姿に驚いたり、

そのお父さんは実はハンターで、お家の一室は彼らが仕留めてきた
動物たちの剥製ルームになっていたりという、
動物好きな私には少しギョッとすることもあったのですが

数日間そこで過ごしている間に、そういうことも全部ひっくるめての
命、暮らし、ということなのだろうなぁと
頭ではなく、そこに流れている空気だったり、人々の姿だったり、
体感としてしっくりと感じられるようになりました。


最初は薄ら怖かった剥製ルームも、最後には、何故かその部屋にいると
なんだか動物たちが一緒にいてくれるようで落ち着く・・・といった
何とも言えない安堵感が心の中に広がっていて、とても不思議でした。


本当に何もないところだったのですが、家に帰って来てからしばらくは
なんだか心にぽっかりと穴が空いたような気分でした。

北極に行った人が、帰ると心をまるで氷の上に置いて来てしまったよう
だ、というのを聞いたことがありますが、
それと似たような感じなのかな?と思いながら

あのお家でパチパチと燃えていた暖炉のぬくもりを思い出し
うちにもある暖炉を、初めて使ってみようと思い立ちました。

パチパチという音や、薪の燃える匂い、メラメラと燃え上がる炎。

身体中の様々な感覚から、じんわりと、とてもアナログな優しさが
感じられ、私の心はほっと、満たされたのでした。

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